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こうして初めての選挙選が始まった。

と、いっても私たち家族は何をどうすればいいのかもまるでわかっていない。事務所には次から次へと支援者の方々、県会議員、市会議員の先生達があらわれる。その方達が「引き回し」をしてくださるという。ようするに、支援者の知り合いの方や日頃から支持してくれる方への挨拶まわりだ。

私は選挙期間中、両親の家に寝泊りしていた。両親とそろって毎朝6時に事務所にいくと、すでに日程が分刻みで組まれてあり、父、母、私、とそれぞれ用意された別々の車に乗り込み、まったく違う行程を進み、夜9時、10時まで会うこともない。

「まるで山椒大夫に引き離されて小船にのって売られていく、『安寿と厨子王』みたいね。」と母が笑った。

挨拶まわり、は言葉の優雅なひびきとは裏腹にとてもハードなものだった。時には土砂降りの雨に降られ、真っ暗な山道を行き、あるいは「事務所の対応がなってない」と支援者の方に頭から怒鳴りつけられた。

山の中の農家で、何気なく家の庭木をみていたら上のほうから大きな蛇がスルスルと木の幹に巻きつきながら、私の目線まで降りてきて、「コンニチハ」といわんばかりに私のほうに細長い舌を出した。

絶叫しようにも声が出ず、隣にいた支援者の方に助けを求めようと見たらその方も固まっていた。岡山の人でもそこまでの田舎に来たことがなかったのだ。

とにかく歩いて、歩いて、歩いて、「父をよろしくお願い致します」」と頭をさげつづけた。7月の太陽がジリジリと照りつけてくる。


支持者の方に、「とにかくしっかり握手をして心をつなぎとめること」と言われたが、最初はとても違和感があった。

私は父の政策も説明できない。

私が握手をしても嬉しい人なんているのだろうか。有名人でもタレントでもないのに。頭を下げて、しっかり握手することよりも、「父の政策」を知ってもらい、政策の中身で勝負をするのが本来の選挙のような気がした。

それでも途中であった女性の支持者の方にこう言われた。「熊代さんの奥さんの首筋が、連日の挨拶周りのせいでまるでコーヒーみたいな色に日焼けしていたのよ、これは応援してあげなきゃ、って思ったのよ。」


応援してくれるお気持ちはとてもありがたかったが、母の首筋が日焼けしていることと父の政策には何の関係もないように思えた。

「日本の政治ってこれでいいの?」


もちろん、そんな思いは口に出せず、とにかく頭を下げ、歩き続けた。





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