FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

初当選への道

1993年夏。突然の衆院解散。

まるで津波のように、父にとって初めての選挙がやってきた。

それは「自民党解体論」までが語られたくらいの、本当に厳しい選挙だった。
日本中が細川氏の率いる「日本新党」への期待で沸き返っていたからだ。

私が勤務してた職場でも、先輩達が心配して口々にこう言ってくれたくらいだ。

「ねえ熊代さん、あなたのお父さん、今からでも日本新党から出るわけにはいかないの?」

普通、銀行員の夏休みは1週間までときっちりと決まっている。でもその時ばかりは選挙期間中、特別に2週間の休みを取ることができるように、上司の方が配慮して下さった。本当に有難かった。

「ありがとうございます。家運がかかっているから、頑張ってきますね。」と

冗談交じりでお礼を言うと、上司の方も笑顔で激励して下さった。

「まあ熊代さんの家運が30回分くらいかかった選挙ですよ。自民党も大ピンチですからね。
頑張ってお父さんを応援して来なさい。」

岡山行きの新幹線に乗り込んだ。

「家運が30回分・・・。」

職場にいたときは冗談のつもりだったが、いざ岡山行きの新幹線に乗り込んでみるとその言葉は意外なほど重くのしかかって胃が痛くなってきた。

もし落選してしまったら、お父さんはどうなるんだろう。選挙にはお金もかかるはずだ。きっと何百万という単位じゃない、何千万、もしかしたら何億もかかるんだろうか。

うちにそんなお金があるわけない・・・。

週刊誌の吊り広告「自民党解党の危機」と大きく書いてある。自民党というだけで、もう誰も投票なんてしてくれないのかもしれない。 ただでさえ無名の新人候補なのだ。 もし首尾よく当選したとしても、自民党がバラバラになってしまったら何の意味もない。

「あなたのお父さんも日本新党だったら良かったのにね。」 先輩の言葉が頭の中でこだました。


お父さんに考えなおしてもらうわけにはいかないんだろうか。今からでは遅いんだろうか。


気がつくと列車は岡山についていた。
スポンサーサイト
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。