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岡山市長選・・柿の思い出

2005年10月9日

3時間ほど眠ると、和室の窓からうっすらと白い明かりがさしこんでくるのが見えた。
開票日の朝が来たのだ。

朝5時を知らせる携帯のアラームがなっているので、手を伸ばして止めた。5時半にはタクシーがくるから、父と母を起こさないように静かに家をでようと思った。歩きすぎたせいか、体のあちこちが痛む。10月とはいえ、この時間ではまだ肌寒かった。

着替えて和室をでると、私は仰天してしまった。疲れきって熟睡しているとばかり思っていた、父と母が階段を音をたてて下りてきたからだ。今日は、この二人がゆっくり眠れる何ヶ月ぶりかの朝のはずだ。私の視線に気がつくと、父は少し照れくさそうに

「娘が東京に帰るのを、見送らんわけにはいかないからねえ。」と誰かに聞かせるように
つぶやいた。

1週間寝泊りした和室の布団を上げて、忘れものがないかを確認した。ゆっくりお化粧をするほどの時間はないが、それでも洗面所で髪だけを直していると、台所の流しの前に立っている父の姿が鏡にうつって見えた。

父は台所にたって柿をむいてくれていた。見かけによらず父は器用で、果物の皮などはスルスルと綺麗にむいてしまう。それでも父がこんなことをするのは何年ぶりだったのだろう。ほどなく、して、白い平らなお皿に盛られた柿を、父が私の顔の前に差し出した。

「駅のお店で何か食べるから・・。」と口ごもりながら答えたが
「まあ、ひとつ食べていきなさい」と父はさらに進めてくれた。

正直、柿はあまり好きな果物ではない。ただ父の一番の大好物であることは知っていた。
これが父の精一杯の感謝の表現なのだと思うと、一番小さいのを選んで無理に口に押し込んだ。喉に熱い塊がこみあげてくるようで、上手く飲み込めなかった。

やがてタクシーが時間通りに到着した。両親は玄関前まで出て見送ってくれた。
車の前まで、いそいそと荷物を運んでくれた母には
「東京でいい知らせを待ってるからね。決まったらすぐ電話してね。」と元気に言うことができた。


だが母の後ろに、立ってる白いウィンドブレーカーをはおった父の顔を見ると胸が詰まった。その瞬間に、この夏の出来事全てが胸に迫って、何もいえなくなってしまった。

その時の父は、玄関のわきに何かふわっと立っていた。出陣式や演壇に胸を張って立って勇ましい演説をするときの父とは違う、久しぶりに帰る娘を心配する一人のお父さんに見えた。選挙選が終わり、父は急に思い出したのかもしれない。私が「熊代の娘」はとっくに卒業していて、小さい子を抱える母親であることに。 

その瞬間、私は本当に久しぶりに、本当に十何年かぶりに「代議士」でも「コウホシャ」でもない、「私のお父さん」を取り戻せた気がして少し微笑んだ。


父も何か言いたげだったが、その瞬間の気持ちを言葉であらわすことなど、お互いにとてもできなかった。私は荷物をタクシーの中に置いたまま、もう一度父のところまで駆け戻った。元気付けるような景気のいい言葉を言ってあげたかったが、とても言葉にならなった。もうこれ以上父に辛いことがおこらないように、とただ父の背中に手をまわして守るようにさすってあげることしかできなかった。

涙がでそうになったので、あわててタクシーに飛び乗り、
「じゃあ東京からお祈りしているからね。しっかりね。」と窓ごしに叫んだ。
車がゆっくりと動き出し、父と母が玄関前で手を振る。
バックミラーにうつるその姿がだんだん小さくなって、やがて見えなくなった。

柿のやさしい、素朴な甘さだけが、いつまでも口の中に残っていた。





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