FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2005年夏 郵政民営化 衆議院選挙


たとえ100歳まで生きたとしても、2005年の夏を忘れることは決してできないだろう。


この夏の間ずっと、私は父が何度となく高い波にさらわれそうになりながら、それでも懸命に砂浜を走り続ける幻影を見ていた。


その幻は1993年に父が初当選したあの夏、とあまりに良く似ていた。


あの夏と2005年の夏が、こんなにも重なるのはどうしてなんだろう?


2005年10月、 岡山市。


個人演説会の会場に走る車の後部座席に座り、私はしきりにこの問いを心の中で繰り返していた。対向車もこない暗い夜の道を、すべるように車は走ってゆく。後部座席で窓の外を流れる景色をぼんやりと見ながら、さまざまな思いが浮かんでは消える。


12年前の夏、父、熊代昭彦は衆議院選挙に初当選して国会議員となった。


と、言えばとっても簡単に聞こえてしまう。

でも1993年は、日本中が「日本新党」という新しい政党への期待に沸いた年だった。

「自民党解体の危機」と言われたその年に、父はあえて自由民主党から立候補することを選んだ。


父にとっては初めての選挙であると同時に、中選挙区制の下での最後の戦いとなった。
自民党に対する逆風の中、父は何とか初当選を果たした。


この選挙も本当に厳しい戦いだった。 今度の選挙とは共通している。


ただその時と2005年では、決定的に違うことがあった。

1993年には、「熊代昭彦をどうか男にしてやって下さい!」と絶叫し、地面に頭をこすり付けんばかりにして支援者の方に頭を下げ、父を応援してくれた国会議員の先生方が沢山いた。


でも2005年には、その先生方のほとんど全てが、まるで鏡にうつしとった絵のように「敵方」にまわっているという、信じられない事実があった。


初当選のときには、涙を流して当選の喜びを分かち合い、8月8日の衆院解散後も、「党本部からどんな圧力があっても熊代を守る。」と内外に公言していた県連の幹部さん達がいた。


でも、その言葉から2ヶ月とたたないうちにその幹部さんたちこそが、急先鋒となって父を追い詰め、その政治生命を絶とうとしていた。


もうじき自民党本部からは、次期総裁候補と呼び声の高い、国民的人気のある議員さんまでが、東京からわざわざ父の対立候補者の応援に来るという。


市長選に党の本部から応援がくるなんて本当に異例中の異例のことだ。


まるで岡山の政界全体が、得体の知れない「何か」にとりつかれてしまったかのような異様な熱を帯びて、「熊代包囲網」を作りだしていた。


それは何故なのだろう。


岡山市長選に舞台を移してもなお、ここまで執拗に父を攻撃してくる「本当の狙い」は何なのか。 その時の私にはまだよくわかっていなかった。


表向きには、父が郵政民営化法案に反対票を投じて「党本部と軋轢を生じたから」と言われていた。

だがそもそも、その岡山県連こそが郵政民営化に反対することを決定し、反対票を投ずるよう父に陳情書を出してきたのだ。


いくら考えてもわからない問いに答えをだすことをあきらめ、私は心の中でつぶやいた。

それはこの夏、幾度となく心の中で繰り返した言葉だった。

(お父さん、この選挙は絶対に勝たせてあげるからね。)

もちろん自分に「勝たせる」力があるなんて、本気で信じているわけではなかった。

ただそんな風に自分をはげましていかなければ、もう自分の気持ちも持ちそうになかった。

ほどなくして、車は市内の中学校の体育館の前にとまった。
「着きましたよ。時間がおしてますから、いそいで下さい。」

車を運転してくれている秘書さんの言葉で現実に引き戻される。
体育館に続く砂利道を、大きな水たまりをよけながら走る。

大きな投光機で煌々と明るくライトアップされた体育館の入り口には「岡山市長候補 くましろ昭彦個人演説会」と書かれた大きな立て看板が見える。

そして階段の上で車や人を誘導し、懸命に働いて下さっているスタッフの方達の濃い緑のポロシャツが見えた。


明るく照らされた体育館の舞台の上には、父がもう着いている。
今日はどれくらいの人が来て下ったのだろうか。自分の挨拶は上手くいくだろうか。

しかし考える間もなく、すぐに舞台に上がるよう秘書の方に促される。急に明るいところにでたせいか、ロボットみたいなぎこちない動作になりつつもお辞儀をして演壇の前に立った。体育館は満員で席に座れなかった方たちは床にシートをしいて座っていた。

沢山の人達の顔が一斉にこちらを向く。緊張で体が少しこわばるのがわかった。

すると、魔法のように母の言葉が頭によみがえってきた。
--上手に話そうと思っちゃだめよ。心をこめて本当のことだけを言えばいいの。--

その通りだった。もう一度お辞儀と深呼吸をしてから、マイクに向かった。
「ただいまご紹介を頂きました、熊代昭彦の娘でございます・・・。」




スポンサーサイト
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。